水島亜弥 25歳
1
鍵はH駅にあるコインロッカーのものだった。
水島亜弥は扉を開けると、中に入っている紙袋を取り出した。
いったいなにが入っているのか──亜弥は紙袋を開け中身を見る。
布キレのようなものと携帯電話が入っていた。電話はいわゆるプリペイド式のやつだ。
指示されていたとおり、すぐに電源を入れてみる。
あと二分ほどでこれに電話がはいるはずなのだ。
しばらく待つと携帯が鳴りだした。当然、非通知である。
亜弥は慌てて通話スイッチを押した。
「もしもし……」
『ふふふ……やっぱり来ましたか』
通話口から相手の声が聞こえてくる。ボイスチェンジャーで声を変えているため、
男か女かの判別はむずかしい。
「あなたは誰? こんなことをして何がおもしろいの!」
その問いには答えず、相手は指示を与えてくる。
『まずは紙袋に入っている服に着替えて下さい。今着ている服はその紙袋に入れて
ロッカーにしまってもらいましょう』
亜弥は紙袋の中をのぞき込む。布キレだと思っていたのは洋服だったようだ。
『ハンズフリー用のイヤホンと、鍵も入っているはずです。それも持っておいて下さい。
二十分後にまた連絡します。それまでに着替えておくように』
「ちょ、ちょっと待って……」
亜弥としてはもっと問いただしたいことがあったのだが、
電話の主は自分の言いたいことのみ伝えると通話を終了した。
しかたなく亜弥は紙袋から、着替えろと言われた服を取り出してみる。
(な、なによこれ!)
布キレと間違うはずである。相手の用意していた服はかなり布の使用量が少ないものだった。
スカートは膝上三十センチ近くはなのではないかと思うほどの超ミニだし、
色もド派手なショッキングピンクだ。
上にいたってはもう服とも呼べない代物だった。
スカートと同じ色のキャミソール──丈はかなり短いようで、
おそらくおヘソもお腹も丸出しだろう。十代ならともかく彼女は今年二十五だ。
いくらなんでも露出が激しすぎる。
胸元もかなり広く開いており、普通に着ればブラジャーも丸見えだ。
見せブラならともかく亜弥は通常のブラを着けている。
下着が見られるのが嫌なら、ノーブラにならなければ仕方がないわけだ。
亜弥はどうしようかと迷ったが、次にかかってくる電話の時間が迫っている。
彼女は意を決してトイレへと向かった。
2
その封筒が届いたのは、昨日の午前中のことだった。
いや、届いた、というのは正確ではない。
封筒には消印はもちろん、切手も貼られていなかったし住所も書かれていなかったのだから。
ただ『水島亜弥様』と宛名だけが書かれていただけだったのだ。
つまり直接ポストへ投函されたということだろう。
夫の雄一が朝刊を取りに行ったときには何も入っていなかったところをみると──A4サイズの
茶封筒だったので見過ごすはずはない──それ以降に入れられたことになる。
亜弥は夫を送り出した後、掃除、洗濯を済ませ買物に行こうと外に出た。
そしてその時ポストに茶封筒が入っているのを確認している。
その時はなんだろう、と思っただけで特に気にもとめず買物へと向かった
買物を終え帰宅し先ほどの封筒や、それ以外のDMなどを取り家の中へ入る。
そこで初めてこの封筒には宛名しか書いていないということに気づいたのだ。
亜弥はいぶかしげに封筒を見つめると思い切って封を開けてみた。
中には一通の手紙、7523という番号のついた鍵、そして一枚のDVDが入っていた。
(なにこれ……?)
彼女はそう思いながら、手紙を読んでみることにした。
【突然のお便り失礼いたします。私はあなたの秘密を知る者です。
詳しくは同封のDVDをご覧下さい。チャプター5にあなたへのメッセージが
収録されております。DVDの中味をご覧になってよくお考え下さい。強制は致しません。
あなたのご意思にお任せしたいと思います。では、約四時間のDVDをお楽しみ下さい。】
亜弥はそのDVDを見てみようとプレーヤーへと入れてみる。
わたしの秘密───まさかね……
彼女は少しドキドキしながら画面を見つめた。
画面にひとりの女の後ろ姿が映し出された。見覚えのある街並みを歩く女……だが、
見覚えのあるのは街並みだけではない。女が着ている服装にも覚えがあった。
まさか──あたし?
亜弥はそう思った。確か一週間前に着用した服……そうあの日に着ていた服だ。
「うそでしょ……」
彼女はそうつぶやく。つぶやかずにはいられなかった。もし、これがあの時の映像なら
おそらく買い物へ行くときのものか、その帰りのもののはずだ。
果たしてその予想はあたっていた。その女の持つ右手には買い物袋が持たれている。
近くのスーパーに行った帰りなのだ。
やがてカメラは彼女を追い抜いて行く。そして──女の顔を映し出した。
それは……亜弥───やはり彼女自身だった。
亜弥の顔が大写しになり、画面は静止画像となる。
「ひっ……」
彼女は息を飲み込むような悲鳴を上げる。画面にこのDVDのタイトルが浮かび上がったのだ。
“不倫妻 水島亜弥 25歳”
それがこのDVDのタイトルだった。
3
その後、DVDの映像は亜弥の家を遠景から映し出し始めた。
やがてそこに一人の男がやって来る。
インターホンを鳴らす男。ドアを開け笑顔で出迎える亜弥。
そうこの男が彼女の不倫相手なのである。しかもその相手とは夫雄一の直属の上司、
課長の雨宮であった。彼自身も妻子のある身であり、いわばW不倫の状況だ。
じつは亜弥は結婚する前から、雨宮とは不倫関係にあった。
その関係は結婚して五ヶ月たった今も続いている。
この日から二日間、雄一は出張のため家を留守にしていた。むろんこれは雨宮の指示で
毎月少なくても一度は泊まりの出張を──無理やりにでも──入れていたのである。
だが、この画面だけでは単に夫の上司を家に招き入れたというだけの話だ。
いくらでも言い訳はできる。亜弥はそう思っていたのだが、
DVDに入っている映像はそんな甘いものではなかった。
雨宮が玄関から家の中に入った瞬間、なんと画面も家の中へと切り替わったのである。
「う、うそ……、どういうこと……」
リビングのソファでたわいない会話をしながら寄り添う二人。甘いキスをする二人。
さらにはバスルームでいちゃつく二人まで映し出していた。
まさしく家中のいたるところにカメラが設置されていたとしか言い様のない映像だった。
そしてついに極めつけ──亜弥と雨宮がベッドで激しいセックスをしている場面まで、
鮮明に映し出されていたのだ。
愛を確かめ合う夫婦の寝室で背徳の行為を行う。それがさらに亜弥の官能を刺激し、
夫では得られない興奮を与えてくれていた。
糸を引くほどに濃厚な口付けをかわし、いわゆるシックスナインの体勢で
お互いの性器を舐めあう二人。そして───
亜弥はそこでDVDを止めた。これ以上見ても仕方がない。
おそらく延々と二人のあの日の性行為の映像を映し出すだけだろう……
いったい誰が……
真っ先に考えたのは雄一ではないのか、ということだった。
だが、あの日は間違いなく出張だったし──雨宮が言うのだから間違いない──室内はともかく、
買い物帰りの彼女を付け狙うような映像や、遠景で家を映す映像を撮る事は
協力者がいなければ不可能であろう。
他の可能性は亜弥を付け狙うストーカーという線。
室内にこれだけ多くのカメラを設置できたというのは解せないが、
何らかの方法で家に侵入し設置した可能性も否定できない。
そうだとすればこれは深刻である。犯罪的だしおそらく彼女自身を狙ってくるであろう。
どんな要求をされるかわかったものではない。
“チャプター5にあなたへのメッセージが収録されております”
手紙の文面を思い出した。亜弥はチャプター画面からそれを選択する。
内容はいたってシンプルなものであった。
文字のみが書かれてある。要約すると……
明日朝7:00までにH駅に来い。コインロッカーの中に紙袋があって、
その中に携帯電話が入っている。7:05に電話を入れるから、そのときに指示を出す。
その電話に出なければ取引は中止。DVDは主人の会社、近所、さらには、
亜弥の実家へも送付する、という内容だった。
さらに亜弥を驚愕させたのは最後の一文であった。
“今日からご主人三日間のご出張ですよね。外出するのに何の障害もないでしょう。
むろん強制はいたしません。あなたのご意思におまかせいたします”
主人の出張まで知っている。しかも急な出張だったようで、
彼女自身夫から聞いたのも一昨日のことだったのだ。
亜弥は言いようのない恐怖を感じた。雨宮に相談すべきだろうか?
だが、亜弥の脳裏に“盗聴”という言葉が浮かんだ。雨宮に電話をかけた時点で
DVDをばらまかれる危険がある、と思った。
考えれば考えるほど身動きができなくなる。
亜弥は眠れぬ一夜を過ごした翌朝、H駅へと向かったのであった。
4
トイレの個室で立ちすくむ亜弥。想像通りかなりの露出度である。
スカート丈はなんとか下着が隠れる程度で、少し屈んだだけでも見えてしまうのは必至だ。
キャミソールを着てみたが、思ったとおりブラジャーはほぼ丸見えである。
だが、ノーブラでいる勇気はさすがにない。
ブラジャーが見えようが、着けておくのが得策だろう。
そんなことを考えていると携帯に着信が入った。
「もしもし……」
『着替え終わりましたか?』
抑揚のない声である。いったいこいつは私になにをさせたいのだろう。
「着替えたわ……。それでどうしろというの?」
『ブラジャーは外されましたか?』
「……どういうこと? 脱げ、とでも言うわけ?」
『ふふふ、そうですね。脱いで下さい。それとパンストを穿いているようならそれも……』
「じょ、冗談はやめて!」
『冗談ではありませんよ。これは命令です。ふたつとも脱いで下さい』
有無を言わせぬ相手の言葉に、亜弥は「わかったわ」と言ってブラを外し、パンストを脱いでいく。
(あぁ……、なんてこと。これじゃあまるで露出狂じゃないの……)
相手の目的がわからない。これからなにをさせられるというのか?
『では……』と電話の主は言った。『7:56発の○○行きの電車、前から三両目の車両に
前側のドアから乗って下さい。携帯はマナーモードにしてハンズフリーのイヤホンを
付けておくのを忘れずに。また連絡します』
またも自分の言いたいことだけを伝え電話を切る正体不明の脅迫者。
この時間帯の電車といえば通勤、通学の乗客でごったがえし、身動きもとれない状況であろう。
こんなあられもない姿でそんな電車に乗るということは、猛獣の檻に
えさをぶら下げて入って行くようなものである。
どうする──亜弥は迷った。今ならまだ取り返しがつくのではないか?
携帯の画面に表示されている時計を見るとすでに7:45である。迷っている暇はない。
決断しなければ……
亜弥は深呼吸をすると個室のドアを開けた。乗るしかない、そう思った。
トイレを出ると指定された電車の到着するホームへと向う。
すれ違う人々が奇異の眼差しで自分を見つめている気がした。
いぶかしげな目を向ける中年の女たち。あっけにとられて驚いた顔を見せる人たち。
指を差しひそひそと話をする者。そして、好色そうな顔をして亜弥の肢体を
舐めまわすように見る男たち。
こんな姿を顔見知りの人にでも見られたら……
亜弥はできるだけ顔を伏せ、顔が差さないように努めていた。
彼女がホームに到着するのと、電車が入ってくるのはほぼ同時であった。
この駅から乗り込む人間もかなりいる。すし詰め状態は必至だ。
ドアが開く。ここで降りる乗客はあまりいないようだ。
亜弥は泣きそうになりながら、猛獣たちが待つであろう“走る檻”へと
足を踏み入れるのだった。
5
予想どおり車内は超満員の状態だった。
亜弥としてはあまり奥の方に詰める気もなかったので、入って来たドアのあたりに位置を
取った。この電車内に知り合いがいないとも限らない。彼女は外側に顔を向け背中を車内に
見せる状態で立っていた。
偶然か否か、亜弥の周りには二、三人の男が取り囲むように陣取っている。
横の二人は亜弥とは背中合わせの状態だが、どうやら後ろに立つ男は
こちらを向いているようだった。
普通の服を着ていてもかなりのプレッシャーを感じるのだが、
今着ている服装はまるで痴漢をしてくれ、と言わんばかりの格好だ。
いつ男の手が伸びてきてもおかしくはない。
亜弥はとりあえず、右手でノーブラの胸を、もう一方の手でお尻のあたりをガードしていた。
電車に乗り込み一、二分が経過しただろうか。例の携帯に着信が入ってきた。
亜弥はイヤホンのスイッチを押し、ささやき声で電話に出る。
「も、もしもし……」
『指示どおりにしていただいたようですね。ふふふ、いやらしい格好ですよ』
どうやら電話の主は同じ車両に乗っているようである。しかも、この口ぶりからすると
すし詰め状態の車内で亜弥の姿を目視できるくらいの位置にいるということだ。
亜弥はそれらしい人間がいないか、と少し顔を横に向けてみる。
携帯をいじっている人間は数人いたが、通話をしているようには見えない。
自分と同じようにハンズフリーのイヤホンをつけている人間もいるにはいたが、
それも同様で通話しているような感じではなかった。
おそらく亜弥から死角になっているところ──つまりは後ろ側──にいるということだろう。
「こ、こんな格好で電車に乗せるなんて……」
『ふふふ、そんな格好でいると恥ずかしくて感じちゃってるんじゃないですか?』
「ば、馬鹿なことを言わないで……そんなはずないでしょ……」
『周りの男の人たちはあなたの身体を触りたくてうずうずしてるでしょうねぇ』
脅迫者は亜弥の恐怖を煽るような言葉を吐く。
『ねぇ、亜弥さん……』ねっとりと絡みつくようにそいつは囁く。
『後ろにいる男性の股間をさすってあげなさいよ……その手で』
常識外の要求に亜弥はもう少しで、そんなことできるはずないじゃない!!
と大声で叫びそうになった。こんな格好をさせた上、痴女行為までさせようというのか?
「ま、待って、お願いよ。それだけは勘弁して」
亜弥は泣きそうになるのをこらえて哀訴する。だが、相手がそれを許すわけはなかった。
『駄目ですね。やって下さい。あぁ、もちろんアレがどうなってもいいのであれば
無理強いはしませんよ。おまかせします』
そうである、敵にはDVDという最終兵器があったのだ。これがある以上逆らうことは
できないのだ。むろん今の生活が破滅するのを覚悟で拒否することもできる。
しかし、彼女にはその勇気はまだなかった。
亜弥はお尻をガードしていた手を離すと、真後ろにいる男の股間へとその手を伸ばしていった。
6
亜弥の細指が男の股間に触れた。彼女はズボンの上から遠慮がちにさすっていく。
それはすでに充分硬くなっており、今すぐにでも挿入可能な状態である。
無理もない、目の前にこんなあられもない格好をした──顔までは見えていないだろうが
抜群のスタイルをした──二十代の女が立っていれば、正常な男なら当然の生理現象と言える。
男は突然目の前の女に股間を触られ、一瞬ビクッとした様子だったが、
撫でさすられていくうちにだんだんと行動が大胆になってきた。
当初されるがままだった男は、わずかに開いていた亜弥との距離を詰め
勃起した股間を彼女のお尻にこすりつけてこようとする。
その間も彼女は手で股間をさすっていた。
男は逆にその手が邪魔だと感じたのか、亜弥の左手首をつかむと撫でさすっている
股間から引き離し、直接そのモノをお尻へとこすりつけてきた。
男の鼻息が荒くなる。亜弥はお尻に感じる男のその部分がさらに硬く大きくなっていくような気がした。
次に男は手を使って彼女のお尻の割れ目をなぞり始める。
思わず亜弥はひっ! と言う声をあげてしまうところだった。
声を出すわけにはいかない、そう思った。
それでなくても煽情的な服装だというのに、その上男性の股間をなでさすったのだ。
どう言い訳しようが自ら痴漢行為を誘ったのは間違いのない事実なのである。
男の手はスカートの上からでは満足しないのか、下から手を突っ込み
下着の上からさわり始めた。
「あン……」
軽く声をあげてしまったが、電車の振動音にかき消され
その声を聞いたものはいないようだった。
『どうです、気持ちいいですか?』
イヤホンからそんな声が聞こえてきた。こんなときに答えるわけにもいかず、
亜弥はだまったままである。しかし、相手はもう一度問い掛けてくるのだ。
『答えなさい。気持ちいいですか?』
「はあふ……き、気持ちいいです……」
しかたなく答える亜弥。さらに相手はこう続ける。
『これからなにをされても抵抗したり、拒絶してはいけません。
男性のしたいようにさせるんですよ』
「そ、そんな……」
蚊の鳴くような声でつぶやく亜弥。
そうこうしているうちに、下着の上からお尻を撫でていた男の手が
それを乗り越え直接肌に触れてきた。
(はン……だめっ……そんな……)
そう思った亜弥だったが、拒絶することはできない。男のされるがままになるより
しかたがないのである。
相手が抵抗の素振りすら見せないのを良いことに、男はついに下着に手をかけ脱がせにかかった。
ゆっくり焦らすようにずり下げる男の手。
(ああ……脱がされる……こんな、電車の中だっていうのに……)
電車内で下着を脱がされるという異常な状況。知り合いの誰かにこんなところを
見られでもしたら……という恥ずかしさ。
そんなものがない交ぜになって彼女の官能を蕩けさせていく。
亜弥は下半身からいやらしい液が湧き出てくるのを感じていた。
下着は少しづつ下げられていき、とうとうその形の良い半円球の臀部が露出してしまった。
(ああ……こんなこと……信じられない……)
お尻が露出したあとも、男は下着を下ろす手の動きを緩めようとはせず、
そのままずり下げてしまった。亜弥の下着は太股の真ん中あたりでかろうじて
止まっている状況だ。
下着を下ろし終えた男はその手を今度は前の方へと向わせてくる。
ごつごつした手が、彼女の黒い絹草に触れる。
(あああん……だめっ! わたし、ぬ、濡れちゃってるのに……)
溢れ出す淫蜜で股間はすでにかなりの湿り気を帯びている。こんな状態を知られれば
さらに男は調子に乗ってくるのに違いなかった。
だが、抵抗はできないのだ。亜弥は口惜しさと恐怖から涙が溢れてた。
そのとき男が彼女の耳元に顔を近づけてきた。そしてこう囁くのだった。
「水島さんの奥さんですよね……向かいの池山です……」
7
向かいの池山です……向かいの池山です……向かいの池山です……向かいの……
亜弥の頭の中をその言葉がリフレインのようにこだました。
信じられない。なぜ? よりにもよってこんなところで……、しかも“あの”池山さんだなんて……
彼女はパニックに陥った。膝がガクガク震え立っていることも困難な状態だ。
顔見知りに合う可能性も考えないではなかったが、まさか自分が痴女行為をした男性が近所の人……
それも真向かいに住むご主人だなんて……
だが、近所の人物としても相手が池山でなければ、亜弥もここまで取り乱すことはなかったかもしれない。
池山達人、四十二歳。冴えない中年サラリーマンである。でっぷりと太った体躯。ヤニ臭い口臭。
近所の噂では会社でもリストラ候補に上げられ、それが元で奥さんとも離婚を前提に
別居中だと聞いている。
亜弥だけでなく他の奥さん連中も嫌悪感を持っている人物だった。
しかも、この男が普段亜弥を見るときの目つきが尋常ではないのだ。
あの家に越してきたとき近所に挨拶に行ったのだが、そのときから身体を舐めるような目つきで
いやらしく見つめられた。特に胸のあたりと腰のあたりは重点的に見られていた気がする。
それ以後も道で会う度に淫猥な目をして彼女の身体をねめつけるのだ。
一度夫の雄一が帰りが偶然一緒になったと言って、家の中まで連れて来て酒をふるまったことがある。
ずいぶん酒が入っていたせいもあるのだろうが、亜弥を見ながら「ご主人がうらやましい」
「わたしがもう少し若ければ絶対口説いてますよ」「一度でいいから奥さんみたいな人を抱いて見たい」
などと常識外の言葉を吐いたりしたのだ。
酒の席ということもあって雄一はあまり気にしていない様子だったが、
亜弥としてはいつ襲われるかと気が気でなかったことも事実である。
そんな男に痴女行為を働き、さらには自分が誰なのか知られてしまった……
亜弥は身の危険を感じた。本能的に犯される、と思った。
とにかく自分の正体だけは隠しとおさねば……
「ひ、人違いですわ……」
とりあえず亜弥はそう否定した。だが、そんな言葉で引き下がるような男ではない。
「ひひひ、隠してもわかるんですよ。この首筋のホクロ、水島亜弥さんでしょ」
池山はそう言いながら耳朶に舌を這わせてくる。
「ひいっ……ち、違うんです……許してください……」
嫌悪感しか持っていなかった男に耳朶を舐められ、背中に怖気が走る亜弥。
どうしてこんなことに……
ふと、脅迫者はこの池山ではないのか? という疑心が湧いてくる。
前から三両目、前側のドアなどという指定をしてきたくらいだ、
ここで待ち伏せをしていた可能性は充分考えられる。
だが、しかし───
ここまで近くにいれば電話の声だけでなく、池山本人の声も直接聞こえるはずである。
それは聞こえなかった。
またこの男にあれだけあちこちに隠しカメラを設置できるだろうか?
別居前の池山の奥さんに彼が機械音痴だ、ということを聞いたことがある。
なんでも今どきビデオの録画予約すらできないというのだ。
隠しカメラを設置しさらにDVDの編集など到底できるはずがない。
そんなことを考えている間にも、池山の手は股間の叢を掻き分け秘唇へと伸びてくる。
さらにはもう一方の手が上半身へと向かい、丈の短いキャミソールの下からブラジャーをしていない
無防備な乳房へと這い上がってくるのだ。
「駄目です……勘弁して下さい……」
他の乗客に知られないようにかすれるような声で許しを請う亜弥。
しかし忌み嫌う男の手はそんなことはお構いなしに彼女の双丘をとらえていく。
脂っこいねちゃねちゃした手が肌を這いまわるだけでも吐き気がする思いなのに
その手が胸、お尻、そして一番触れられたくない秘唇を撫でまわっているのだ。
亜弥は気が狂いそうな思いだった。
「なにが勘弁してですか? こんないやらしい格好して電車に乗るなんて、
痴漢してくれ、と言ってるようなもんじゃありませんか?」
「あふっ……だ、だから、違うんです。これには訳があって……」
「へぇ。こんな格好をして電車に乗り込んで、男の股間に痴女行為をする訳って……
どんなもんなんですかね。教えてくださいよ、奥さん」
池山は亜弥をねちねちといたぶるような言葉を吐く。
もちろん、彼女の股間と乳房への攻撃も忘れてはいない。
「そ、それは……ふくっ……」
池山が乳首をつまむ。親指と人差し指でころころと転がすように弄んでくるのだ。
「なんですか。いやだいやだって言ってこんなに乳首硬くさせちゃって。ここからも
いやらしいおつゆがたっぷり出てるじゃないですか。ふふふ、感激ですよ、亜弥さん。
あなたがこんなにすけべだったなんて」
池山の言うようにすでに彼女の秘裂からは信じられないほどの淫蜜があふれかえっていた。
言葉で責められ肌を嫌というほどまさぐられ───
いつしか亜弥はかつて経験したこともない官能の渦へと巻き込まれようとしていた。
「終着駅まではまだたっぷり時間がありますよ。へへへ、たっぷり楽しみましょうね」